東京都に住む40代の会社員の女性は、小学校低学年の長女を中学受験の準備として、大手の学習塾に通わせています。娘に塾の宿題を取り組ませるために、早起きする習慣を身につけさせました。母親自身も隣に座りながら、採点を行い、理解できない部分を丁寧に教えています。
(※2024年9月4日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
教育への焦りと親子関係の葛藤
昨年のある朝、長女が算数の文章問題で手が止まりました。「図に書いてみよう」と、これまで何度も伝えてきたアドバイスを繰り返しましたが、長女は図を書かずにミスをしてしまい、その瞬間、感情が抑えられなくなりました。「何回言ったらわかるの!」と声を荒げ、参考書を床に投げつけてしまったのです。
「どうしてこんな簡単な問題ができないの」と叱責が続き、その「説教」は数時間にも及びました。強く叱ることが子どものやる気を奪ってしまうことは理解しているものの、冷静さを保つことができなかったといいます。「もしかしたら、これは教育虐待にあたるかもしれない」という自責の念に駆られました。
その後、長女は勉強の話題になると表情を失い、ほとんど会話をしなくなりました。これを危機と感じた女性は、別の塾に通わせることで長女との接触時間を減らすことにしました。
彼女は「親としての自分の努力次第で、子どもの将来が決まる」という焦りを常に感じていたそうです。しかし、中学受験が近づいた際に「また感情を抑えきれなくなるのではないか」という不安は消えないままです。
親の期待と後悔・・・長女に寄り添えなかった過去を振り返って
兵庫県に住む50代の女性は、今では20代になった長女の中学受験期に、毎日のように塾と自宅を3往復していました。送迎を行い、栄養バランスに配慮した手作りの弁当を届ける日々で、一切手を抜くことはありませんでした。
偏差値の高い中学に合格させたいという思いから、成績が下がると厳しく問い詰め、時には手を上げることもありました。しかし、長女は嫌がる素振りを見せることなく、関西トップレベルの私立中高一貫校に進学しました。女性は「親が努力すれば、子どもを理想の道へ導ける」という信念を持ち、その思い込みは中学受験の「成功」によってさらに強まりました。
長女が自宅から通える国立大学を勧めたものの、現役でも翌年でも不合格となり、最終的に東京の私立大学へ進学することになりました。女性は「どうして落ちたの!」と責めました。
長女が家を離れてからも頻繁に連絡を取ろうとしましたが、次第に応答がなくなり、たまに返事があっても険悪なやり取りになりました。そんな時、長女が電話で告げた言葉は、「お母さんは毒親だよ」でした。過干渉な親を指すこの言葉に、女性はショックを受けました。その後、長女から「過干渉はやめてほしい」との手紙が届き、女性は全てを否定されたように感じるとともに、縁を切られるのではないかという恐怖に襲われました。しかし、電話の頻度を減らしたことで、徐々に長女からの連絡が増え、現在では良好な関係を築けています。
過去を振り返り、女性は「娘と自分の人生を同一視し、区別できていなかった」と深く反省し、後悔と申し訳なさを感じています。
親の過干渉を防ぐために。中学受験期の怒りをコントロールする方法
中学受験期に、親が子どもに対して過度な指導をしてしまうケースが多いのはなぜでしょうか。首都圏の大手中学受験塾で講師を務める方は、「中学受験に特有の事情」が背景にあると指摘します。
中学受験では、大量の教材の整理や塾の宿題の採点など、親の手助けが必要になる場面が多いため、高校・大学受験と比べても保護者が関与しやすいとされています。特に経済的に余裕のある共働き家庭が多い地域では、中学受験をする子どもが多く、受験生の保護者同士が情報交換をする機会も増えます。その結果、他の保護者が子どもに多くの時間をかけていると知ると、競い合うように自分の子どもにも干渉を強める親もいるのです。
子どもが強いストレスを感じている場合には、塾を一時的に休ませることを提案することもありますが、「休ませずに通塾を続けさせたい」という保護者の要望には応じざるを得ないと、講師はもどかしさを感じているそうです。
では、親が子どもへの怒りをどのようにコントロールすればよいのでしょうか。一般社団法人「日本アンガーマネジメント協会」のファウンダーである安藤俊介さんは、「事前に行動ルールを決めること」を提案しています。例えば、怒りを感じたときには、まず子どものそばから離れることをルールにする。また、勉強時には子どもの同意を得た上で会話を録音・録画することで、適度な緊張感が生まれ、冷静さを保ちやすくなるといいます。